ふと、こんなことを思った。
私はマイノリティーであることに慣れている。
今思い付いただけでも
私の家族は兄が3人、女性は末っ子の私だけ。
ジャズのバンドもメンバーは大体男性。
学校に行くためアメリカに住んでいた時もアジア人の私はやはりマイノリティー。
私の海外の仲間とのvoiceグループもアジア人の私以外はみんな欧米人。
最近はいろんな場面で私だけ最年長なことも多い。スポーツクラブを除いて。
以前いくつかのプロジェクトに参加した時も、ダンスのクラスも私だけ年齢が突出。
ダンスの先生は私以外はあまり若いので、私をお母さんと呼んでいたけど、そのうち、
“吉野さん”と呼ぶように。
もっともっと色々あったと思うけど
マイノリティーであることに慣れているので、興味があるところなら臆せず参加できる。
基本的にボーダーはいらない。みんな年齢も人種も専門も違うからお互いから学べあえるのだ。
多様性ということだ。
私はそこに目的があるので気にしない。気にさせないオープンなところが好き。
価値観が違いすぎたり、違和感を感じるところにはいかない。
興味があれば、学べる、遊べる、活動できる、楽しめると信じてます。
元気があるうちです。
私の教室の生徒さんも職業も色々、外国人の生徒さんも、年齢は20代から70代。ボーダーはない。